タンゴについて
主な作品
アルゼンチン・タンゴ起源-モダンタンゴ
オラシオ・サルガン作曲
ドン・アグスティン・バルディ Don Agustín Bardi
とろ火で A fuego lento
アストル・ピアソラ作曲
アディオス・ノニーノ Adiós nonino
リベルタンゴ Libertango
フラカナーパ Fracanapa
コンチネンタル・タンゴ起源とされるもの
ジョルジュ・ビゼー Geroge Bizet 作曲
真珠採り Perlefisher
ヨゼフ・リクスナー Josef Rixner 作曲
碧空 Brauer Himmel
ハンス・オットー・ボルグマン Hans-Otto Borgmann 作曲
夜のタンゴ Tango notturno
ヤーコブ・ガーデ Jacob Gade 作曲
ジェラシー Jalousie
ヘンリー・ヒンメル Henry Himmel 作曲
小雨降る径 Il pleut sur la route アルゼンチン・タンゴ起源-モダンタンゴ
オラシオ・サルガン作曲
ドン・アグスティン・バルディ Don Agustín Bardi
とろ火で A fuego lento
アストル・ピアソラ作曲
アディオス・ノニーノ Adiós nonino
リベルタンゴ Libertango
フラカナーパ Fracanapa
コンチネンタル・タンゴ起源とされるもの [編集]
ジョルジュ・ビゼー Geroge Bizet 作曲
真珠採り Perlefisher
ヨゼフ・リクスナー Josef Rixner 作曲
碧空 Brauer Himmel
ハンス・オットー・ボルグマン Hans-Otto Borgmann 作曲
夜のタンゴ Tango notturno
ヤーコブ・ガーデ Jacob Gade 作曲
ジェラシー Jalousie
ヘンリー・ヒンメル Henry Himmel 作曲
小雨降る径 Il pleut sur la route
アンヘル・ビジョルド Ángel Villoldo (1961年?~1919年)
ロセンド・メンディサーバル Rosendo Mendizábal (1868年~1913年)
ロベルト・フィルポ Roberto Firpo (1884年~1969年)
ファン・デ・ディオス・フィリベルト Juan de Dios Filiberto (1885年~1964年)
フランシスコ・カナロ Francisco Canaro (1888年~1964年)
カルロス・ガルデル Carlos Gardel (1890年?~1935年)
エドガルド・ドナート Edgardo Donato (1897年~1963年)
ヘラルド・マトス・ロドリゲス Gerardo Matos Rodríguez (1900年~1948年)
オスヴァルド・プグリエーセ Osvaldo Pugliese (1905年~1995年)
アニバル・トロイロ Aníbal Troilo (1914年~1975年)
オラシオ・サルガン Horacio Salgán (1916年~)
アストル・ピアソラ Astor Piazzolla (1921年~1991年)
カルロス・ガルデル (歌手・ギター)
フランシスコ・カナロ (バイオリン)
ロシタ・キロガ Rosita Quiroga (歌手)
リベルタ・ラマルケ Libertad Lamarque (歌手)
ファン・ダリエンソ Juan D'Arienzo (ピアノ)
オスヴァルド・プグリエーセ (ピアノ)
カルロス・ディサルリ Carlos Di Sarli (ピアノ)
フランシスコ・ロムート Francisco Lomuto (ピアノ)
オスヴァルド・フレセド Osvaldo Fresedo (バンドネオン)
アストル・ピアソラ (バンドネオン)
エドゥアルド・ロビーラ Eduardo Rovira (バンドネオン)
レオポルド・フェデリコ Leopoldo Federico (バンドネオン)
スサーナ・リナルディ Susana Rinaldi (歌手)
タンゴは今から約130年前に、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスの港町ラ・ボカ地区から始まった。スペインやイタリアからの貧しい移民のフラストレーションのはけ口として、ボカ地区の酒場で生まれたダンスといわれる。
日頃の不満を歌にし、最初は単身赴任の男性達が酒場で荒々しく男性同士で踊ったとも、娼婦を相手に踊られるようになったともいわれる。
しかし、実際には記録はほとんど残っていないため、正しいことはわかっていない。ただ、リズムに関してはキューバのハバネラ、ヨーロッパ伝来のワルツやポルカ、アフリカ起源のカンドンベ、アルゼンチンのパンパで生まれたミロンガなどが、初期のタンゴに影響を与えたとされる。
1880年 現在譜面の残る最初のタンゴ「バルトーロ」が出版される。(これにも諸説がある)
1897年、ロセンド・メンディサーバルが「エル・エントレリアーノ」を作曲する。
1903年、アンヘル・ビジョルドが、エル・チョクロを作曲する。
1910年、「エル・カチャファス」が最初のタンゴ学校を開く。後にカチャファスは、アメリカやヨーロッパに渡りタンゴの普及に努めた。
同時期、アルゼンチン上流階層の芸術家によりヨーロッパに紹介、カトリック教会が禁止令を出さねばならぬほどパリで大流行。
この時期、ドイツからバンドネオンが大量に輸入される
全般的に鋭いスタカートを多用する。2/4拍子ないし4/8拍子で、後年4/4拍子でも書かれる。以下4/4拍子で説明する。
第一拍のアウフタクトに深い「溜め」をおく。
アバネラ (Habanera) のリズムも用いられる。
第一拍、第三拍に強烈なスタッカートをおく。これを徹底するとオスヴァルド・プグリエーセの『ラ・ジュンバ』(La Yumba)になる。
これらを滑らかにスピードアップすると、アストル・ピアソラの3, 3, 2のリズムに違和感なく到達する。
このように強靱なリズム体の上に、ロマンティックな、時としてメランコリックな主旋律が泣くのがタンゴの魅力である。
バンドネオンが用いられる事が特徴である。また、非常に鋭いスタカートでリズムを刻むにも関わらず打楽器を欠く。
キンテート(バイオリン、バンドネオン、ピアノ、コントラバス、ギター各1)「五重奏団」の意。
オルケスタティピカ(ヴァイオリン(3人以上)、バンドネオン(3人以上)、ピアノ、コントラバス)「標準編成の楽団」の意。
バンドネオンなしの演奏もある。ギターの伴奏と歌によるタンゴも、カルロス・ガルデルらが録音を残し高く評価されている。
アストル・ピアソラの作品のように、クラシック音楽の演奏家により、クラシック音楽のスタイルで演奏されるものもある。特に、1970年頃から、アコースティクギターなどが使われこともよくある。かつ、「タンゴのイメージに合っていない」という苦情が寄せられることもしばしばであるが、いろいろな解釈の演奏が行われ聴衆から広く支持を受けている。
タンゴはアルゼンチン・ブエノスアイレスやウルグアイ・モンテビデオのダンスおよび音楽。
および、それを擬したダンス・音楽で、音楽業界から「タンゴ」と認められたもの
ポピュラー音楽及びダンスの一形態で、カンドンベ、ミロンガ、ハバネラなど複数の音楽が混ざり合って19世紀半ばにブエノスアイレス、モンテビデオ近辺のラ・プラタ川流域で生まれたとされる。
日本では、タンゴがヨーロッパに渡って変化したものをコンチネンタル・タンゴ(コンチネンタル=大陸の=ヨーロッパの)ないし「ヨーロッパ・タンゴ」と呼び、それに対して元来のものをアルゼンチン・タンゴと呼んで区別することが多い。
日本でのタンゴの普及は、戦前(昭和初期)にアルゼンチンから一部移入がされたものの、その後戦後にかけて移入したのは、むしろヨーロッパからムード音楽の一環としてのそれであり、所謂「コンチネンタル・タンゴ」の類であった。
すなわち、競技ダンス・社交ダンス(ソシアルダンス)で用いられる一ジャンルのタンゴのための舞踊音楽であった。よって、長らくタンゴと言えばマランド、アルフレッド・ハウゼといったイメージで、多くの場合理解されていた。
ただし、いったん上記の競技ダンスや社交ダンスが一般的には下火になっていた1980年代後半、米国で成功した「タンゴ・アルヘンティーノ」公演が日本にも移入し、これ以降、アルゼンチン・タンゴが普及するようになった。